返してよ・・・!






叫んだ声は遠く響くだけで、
望むものは何も返ってきはしなかった。





空は澄んだ透明な色。

薄瑠璃色の空は、とても鮮やかで、
今にも崩れ消えてしまいそうな僕を飲み込むように、
そして突き放すように残酷だった。




どこまでも白い雲は、
まるでそれ自体でヒカリを放つが如く眩しく、
脳裏に焼きつく。


それが、忘れてしまいたい記憶を、
無理矢理に心から引きずり出そうとする。







一週間前、父さんと母さんが死んだ。
僕の誕生日に家族3人で旅行へ行って、
その帰り道に乗っていた車がトラックに衝突したのだ。


あとから見せてもらった事故後の写真で、僕らの乗っていた車は、
もうほとんど車と判別するにはあまりに厳しい代物と化してしまっていた。
こんなものに乗っていたのかと思うと、
背筋に氷のような冷や汗が伝った。
ほんとうに奇跡的に、僕は背中に傷を負っただけですんだ。




僕は生きている。
父さんと母さんは死んだ。


僕は生きている。
母さんは、僕を庇うように息絶えていた。









ツバメが、駆け抜けるように、景色を横切っていく。



僕は何度もまばたきをした。

まばたきをして、溢れそうなものを必死で堪えようとした。



瞼が熱い。

焼けてしまいそうに、熱い。

唇が震える。


泣いちゃいけないと思った。

泣いてしまうということは、
ふたりがこの世界から消えてしまったことを、
認めてしまうということだ。




涙、こぼれるな。

こぼれるな。





声を殺して、しゃがみこむ。

銀鼠色のアスファルトを見つめる僕の肩を、
黒い服の葬儀屋さんが叩いた。


片付けが終わったとかそんな内容のことを言って、
白い布にくるまれた何かを僕に差し出した。
無意識に受け取る。
それはとても軽かった。



「骨壷・・・」


絶望的に軽いそれは、
僕に一瞬で現実を認識させるのに充分だった。






揺らがない現実に、
透明すぎる空に、
景色を滲ませるべく滴が溢れ落ちる。



それを止める理由は、
もうどこにも見つかりはしなかった。











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両親が亡くなって、
僕は生まれ育った地を離れることになった。




引き取ることを提案してくれた親戚もいたけれど、
僕は丁重にそれを辞退した。
一人で暮らせない歳でもなかったし、
親戚の哀れむような眼差しに堪えられないというのが
一番の理由だったかもしれない。



一人暮らし。
新しい学校。




僕はまだ引越し用のダンボールが散らかった部屋で、
両親の遺影を見つめた。
最後の家族写真。


鼻の奥がツンと痛むのを感じて、僕はそっと写真を倒した。
ごめんね、まだ笑えそうにないよ。





明日から新しい学校での生活が始まる。
どうなるだろうと考えを巡らせようとして、
それは自身の溜息で打ち消された。



親戚の余計なお世話のおかげで、
学校側には僕の両親の話は伝わってしまっているらしい。

同情なんてされたら嫌だな、と思った。
あの目は、キライ。
嫌でも僕自身に起こったことを、
そして父さん母さんの最期を思い出させるから。



僕はもう一度、今度は深く溜息を吐いた。




倒した写真立てを、チラリと横目で見つめる。
新しい生活で、僕の何かが変わればいい。
ふと、そんな予感を胸に抱きながら。
















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