since -- it is connected Bleaching―The world without a color―…





円宙継を後追った火向洋一の死。

それは誰にも止められなかった。

誰の責任でもない。

仕方の無い事だった。

だけど、死を直接目の当たりにした草野は、

それを自らの罪として受け止めた。

葬儀の帰り、僕さえ眼を離さなければ、と何度も口にした。

言いようもない後悔の念が、草野を襲った。



火向の死んだその日の月は、異様に明るい満月だった。

三ヶ月経った今でも同じ月が廻ると、

草野は夜中に起き出し、

事務所の窓からじっと空を眺めていた。

そして静かに、涙を流す。

今はもう見えぬその姿を眼に捉えているように。

その背中は、痛々しくて見るに耐えなかった。



「ロージー。」

窓辺で頬杖を付き、外を眺めるその姿に声を掛ける。

ぴくりとその肩が動いた。

やがてゆっくりと振り返る。

「…ムヒョ。」

ぐす、と鼻を啜ると眼に浮かんだ涙を拭った。

「ごめんね、起こしちゃった?」

困ったように眉を寄せて笑う。

「…あの日と同じ事を言うんだな。」

「え。」

「別に起こしたって構わんと言っているだろう。いちいち謝るな。」

「うん…ごめんね。」

謝るな、とたった今言ったところなのに。

六氷ははあ、と溜息をついた。

そのか細い身体に近寄ると、その手を取り、口付けた。

細い指、節もなく、幼い手。

こんな手でお前は、罪を犯した者を裁こうと言うのか?

お前が最も恐れる死を与えようというのか?

「ムヒョ?」

六氷の行動に、草野が首を傾げて六氷を呼ぶ。

「…お前、魔法律家は諦めろ。」

「え…。」

どういうこと、とその眼が語っていた。

「お前は優しすぎる。一つ一つの死にいちいち揺らいでいたら、とても耐えられん。」

手に取った草野の手が強張る。

流れる静寂がやけに重苦しく感じた。

「…でも僕は、決めてるんだ。

 魔法律家になりたくて、全部捨ててあの家を飛び出してきたんだ。」

だから、と言いかけた草野に、六氷が問いかけた。

「だったらお前は、何の為に魔法律家になろうと思う?」

ちらりと、自分より随分高い等身を六氷が見た。

「それは…ムヒョの力になりたくて。」

だから必死に勉強して、君を助けたくて。

今にも泣き出しそうな眼で六氷を見つめる。

「…だったら。」

六氷が口を開く。

「だったら、お前は此処で、この事務所で、俺を待っていてくれ。」

頼む。

六氷が呟いた。

その眼に草野はたじろいだ。

「頼む。」

もう一度呟く。

それは悲痛な叫びでもあった。

もう二度とこいつに無情な死など見せ付けたくない。

六氷の心はその一心だった。

助手としての現在さえ、惨い現実を見せ付けられている。

それがこの先魔法律家となって、今までより更に悲惨な現状を眼にするたびに、

草野の心は傷つき、やがてその傷にその心ごと飲み込まれるだろう。

そして最終的に至るは、死だ。

それが現実の事として起こる前に。

「…頼む。」

草野の手に縋る。

いつもの厳とした六氷の姿からは想像も出来なかったその声に、

草野はゆっくりと口を開いた。

「…ムヒョが絶対死なないって約束してくれるなら良いよ。

 必ず僕の元へ帰って来てくれるって約束してくれるなら、…良いよ。」

そうじゃないと、僕は心配で君の側を離れられないよ。

溢れた涙が一筋頬を伝う。

ぽたりと繋いだ二人の手に落ちた。

「ああ、約束する。必ずお前の元へ帰る。」

六氷がそう言うと、草野はそれじゃあわかった、と頷いた。

「死んだってお前の元へ戻るから。」

「ムヒョったら、それじゃあ約束の意味がないじゃない。」

くすくすと草野が笑った。

彼のこんな笑顔を見たのは久々かもしれない。

草野の手を取ったまま、六氷も静かに微笑んだ。







5年後―



「ただ今。」

がちゃりと六氷が事務所のドアを開けると、

おかえりなさーい!と草野が走ってきて、その身体に抱きついた。

それを片手で受け止める。

あの約束を交わした日から5年経った今、

もう既に六氷の身長は草野をとうに追い越し、

抱きしめると蒲公英色の頭の旋毛しか見えなかった。

「怪我はない?どこか具合悪いとことかない?」

六氷を見上げると、そのいつまで経っても子供っぽい手をぺたぺたと六氷の頬に当てる。

「ああ、何ともねえよ。この心配性が。」

「だってー!」

むう、と剥れた草野が六氷の肩に頭を擦り付ける。

「お前、俺が約束を破った事があったか?」

両手でそのか細い身体を抱きしめると、

明るい髪に口付けを一つ落とす。

「…ない。」

5年前交わした約束。

未だその約束が破られる事は無かった。

六氷はどんな依頼を請け負っても、必ず殆ど傷つく事無く帰ってくる。

血でも流して帰ろうものなら、

草野のあの日のトラウマが引き出されることは眼に見えていたから。

だから六氷は、自分の身を必死で守る。

自分自身の為ではない、草野の為に。

ぎゅっと抱きしめた身体から、温かい生の証の熱が伝わる。

こいつに魔法律家の道を諦めさせて良かった、と六氷は思った。

今日の依頼は、事故で死んだ男が、残した恋人を道連れにしようと、

その女を襲ったというものだった。

間一髪で間に合った六氷は、それを容赦なく裁いた。

しかし、それは余りにも5年前の彼らの境遇と似すぎていて。

結果的に刑は黄泉行き。

いつもの自分にしたら、決断は甘すぎたかもしれない。

それでも、とても六氷には彼らに地獄行きを告げることなど出来なかった。

本当に、草野がその場に居なくて良かったと、それだけを思った。

「今日の飯はなんだ?」

「今日はねー、シーフードカレーとツナのサラダ、それと苺のババロア作ったの。」

ムヒョカレー好きだもんね、と何も知らずに無邪気に微笑む。

そんな笑顔に、今日味わった苦い思いが少し解れる気がした。

ほら、早く食べよ?と草野が六氷の手を引いてキッチンへ向かう。

繋いだ手が心地良い。

5年前、草野に魔法律家を諦めさせた夜も二人手を繋いでいた。

その温もりを忘れない。

今も、これからも。

この手が、この存在がある限り、自分は決して死に絶えなどしない。

お前を残して死んだりなどしないから。

どうか安心して、俺をその無垢な笑顔で迎えてくれ。

「…愛してる。」

「え、何か言った?」

「なんでもねえよ。」

きょとん、と自分を見上げる草野の顔を見て、

六氷はあの夜のように微笑んで見せた。







なあ、ヨイチ。

お前はきっと命を絶ち、空へ昇った後も、

ロージーを恨みなどしなかったんだろうな。

それでも奴はお前を止められなかった事を散々悔やんでいた。

だから、夢の中でもいいから、

もう良いんだ、と言ってやってくれないか。

奴に、心からの許しを与えてやってくれないか。

俺からの、最初で最後の頼みだ。

どうか、どうか。

お前達に安息を、奴に救いを。

俺は生涯祈り続けよう。


























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*憧れの方、日夜海羽さまからステキ小説を頂いてしまいました…!
わわわ…ステキすぎてもう何度も読み返させて頂いており…そろそろ暗記しそうです(笑)
切ない心情とか、丁寧な描写など…壊れそうな繊細さがとても大好きです…!(愛)
そして畏れ多くも、前編の方はわたしのサイトと同タイトルということで、
至福すぎて言葉が見つかりません…!(萌)
ほんとうにありがとうございます!☆
これからも全力で応援しておりますー!