The side of the sky.













今思えば。


初めて会ったときからオレは、
きっとあの人に心奪われてしまっていたに違いない。







勿論命よりも大切なボスだ。
初めから、何よりも守ろうとそんな気持ちでいた。




けれど。


ふと視線が絡み、
控えめな声が鼓膜を叩いて
貴方のその空気を肌で感じたとき。









世界が180度変わったような…
いや、その表現は少し違う。




オレの世界が、一瞬で呑み込まれたというのが、
一番近い感覚だろうか。






よろめくほどの強い風が吹いたかのような、
そんな衝撃が立ち尽くすオレを襲った。











ふれた。
温かかった。




呼びかけた。
驚いたように僅かに見開く瞳。












あの人は控えめな人だった。



周囲の、物も分からないようなボンクラ共に、
例えば無礼な言動をされたときでも、
あの人は困ったようにいつでもただ笑っていた。






最初は驚いた、それはもう途轍もなく。


だってオレはそいつらをそれこそ殺してやろうかと。
少なくともあの方さえ許してくれたら、オレは間違いなくそれを実行した。






でも、あの人はそれを決して許さない。












優しい方なんだ。




全ての頂点に立てるような力を持ってるお方なのに、
それを無闇にしようとはしない。



為したいと思ったときにだけしか、
ご自分の力を示そうとはしない。










それは、器だ。
直情型のオレには決してできないことだ。
いや、あの方とオレを比較すること自体、
到底ありえないことなのだけれど。




ただそれは今まで多くのマフィアを見てきて、
初めての経験だった。
オレにさえ対等の眼差しを向けてくれようとする貴方。
そんな貴方の元にいられるオレは、
何て幸せな奴なんだろうかと心底思う。








これからも貴方は、そうあろうとするだろうか。















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「十代目!」



青空に、眩しいほどの白い雲が流れ、
坂道の上に立つ十代目の頭上を穏やかに流れていく。



青々とした木々を初夏の風が揺らし、
あの人のふわりとした陽色の髪が静かに揺れた。











「おはよ、獄寺くん」


「おはようございます、十代目!…あ、持ちますよ」




今日も元気だねと笑う十代目の手からさりげなく鞄を取り、
その隣を歩く。
一瞬取り返そうと手を伸ばしかけた彼は少しだけ躊躇って、
「あ…ありがとう」と呟いた。




「いいすよ、これぐらい」
ヘヘッと笑って十代目の顔を横目で盗み見ると、
彼は眩しそうに瞳を眇めて、頭上の雲の行く末を追っていた。
光を受けてきらきらと輝く金糸のような髪。





「好きすか?」


「え、何が?」
十代目の眼差しは空へと向けられたまま。




「空。見てるから」



「うーん、どうなのかな?何かキレイだからつい見ちゃうのかも」





坂道を上った先の、少し高台にある道。
歩く左にはちょっとした森。
右には落下防止のための白いガードレール。



オレと十代目と、二人だけしかいない道。









貴方の方がキレイです、と。
躊躇いなく唇に乗せようとした。





「じゅうだ…」



「あ!見て」
オレの言葉を塞ぐようなかたちで、
十代目の細い指先が空の一点を指差す。




そこには真昼の月。







「何だか…昼間の月って、特別な感じがするよね?」
神秘的って言うのかなぁ…。








だからオレも空を仰ぎかけて。


「…十代目、危な…ッ!」






足元の石に気づかなかったのか、
バランスを崩し、傾ぐ十代目のカラダ。



反射的に支えて、抱きしめるようなかたちになってしまう。
服越しの体の感触は、目で見る以上に華奢で細く感じる。








まだ、この人の体は発展途上なのだ。


まるで壊れ物を扱うように繊細な仕草で、
大切に、また倒れたりせぬよう支えて、
瞳を覗き込む。





「大丈夫すか」




イタリアにいた頃街中で見た、美しいガラス玉のように透明な瞳。
それは真っ直ぐにオレを見返してくる。




「あ、うん、ありがと」


「いえ、十代目にお怪我をさせるわけにはいきませんから」


十代目は困ったようにあわあわと両手を振った。
「そんなオレなんか…!」







支えたままの細い肩。
少し力を入れたなら、壊れてしまうのではないかと思った。
そんなことを思って、同時にそうはさせないと思う。



守るだなんて、何ておこがましいことなんだろうと思いながら、
それでもそう思う気持ちに一点の迷いもない。






「ダメすか」



「え…」




「オレじゃ頼りないすか」



「え、いや、頼りないとかそんなんじゃなくてさ!」





困ったように、遂には俯いてしまう十代目の姿に、僅かに胸が痛む。




「十代目…」

しょぼんと肩を落としたオレの耳に、
意を決するように息を呑む音が聞こえた。





「し、信頼してるよ…!」


「え?」





少し視線を動かすと、オレを見上げる彼の瞳。
その少し茶がかった瞳に、空の青が映り込んでいる。
覗き込むようにその瞳を見つめるけれど、
視線はオレから逸らされることはない。





「信頼してるよ……だって、友だちだろ…!?」



「じゅ、十代目…!」






信頼という言葉が、脳内でずしりと自己主張する。

前後の言葉は一切耳に入れぬまま、嬉しさと感激のあまり、
オレは十代目の小柄なカラダを勢いよく抱き上げた。






「わ、ご…獄寺く…!」
抱え上げられたまま、十代目はバタバタと足をバタつかせる。




「ちょ…はずかしいよ…!」





「ああッもう十代目、大好きっす!!」

そのまま感情に任せて彼を高く掲げたまま、オレは笑った。








ふと見ると、十代目の背後に白い月。
昼も夜も、空に在り続けるその球体。





「おーろーしーてー!」



「十代目」
その目をじっと見据えると、
半泣き状態の十代目はふと言葉を噤む。






「オレ、月になります!」



「……へ?」




「月みたいに、いつだって十代目のこと見守りますから…!」











二カッと笑って宣言するオレに最初は戸惑うような視線を向けて、
それから彼も一緒に笑った。






「獄寺くんてば…ホント大げさなんだから…もう」
















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青いインクを溢したような透明な空に、
消えそうな白い雲。




十代目はまるでこの空みたいに偉大だ。
オレにとってはこの世界そのものだ。








貴方という空が穢されないためなら、
オレは命以上のものさえ懸けられる。




また大げさだと笑われるかもしれないけれど、
それでも貴方を誰にも傷つけさせやしないと誓える。














何よりも幸せなんです、十代目。
貴方の傍に置いてもらえることが。




何があろうと、
オレは貴方をお守りし、
決して貴方から離れません。








ずっと空に在り続ける、あの白い月のように。























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■こたつさんのお誕生日にて捧げさせて頂いた獄ツナ小説です。
初リボンだなんて、わたしすごく失礼なことをしでかしてしまったようなブルブル。

でも獄ツナ好きすぎて…!(愛)