――――――例えばそれを、決意と呼ぶとするならば。











空には空の気配。
風には風の気配。
地には地の気配。
生には生の気配。

そして死には死の気配。








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「……処する」
文言によって刑を執行された霊が、光の渦へと消えていく。
それが完全に消えると同時に、その空間の空気が変わる。
軽くなったというべきか、柔らかく包み込むものに変わる。
ロージーはほっとしたように息をついた。


「空気、キレイになったね」

少し寂しそうに笑ってそう言った。







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この仕事を長くやってると、どうしても気配というものに敏感になる。
特に死の気配というものに。

元々ロージーはそれらの気配に過敏だったような気がする。
繊細というのか何と言うのか。
霊が漂う場所に渦巻く瘴気に、ロージーは強く反応する。
それがあればあるだけで彼は体を震わせるくせに、それがなくなると同時に寂しげな表情もする。
不思議なものだ。
まぁ、それが『彼』なのか。






死の気配。

それは必ずしも霊だけが持つものではない。
生きている人間の中にも。


死にふれた人間もそうだが、
これから死が訪れる人間もそれを纏っている。



それを知っていても、彼らの死を止められるものではない。









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「ねぇ。ムヒョ…あの子…」
ロージーの呟きを最初オレは無視した。
正確に聞こえていたのに、その後に続くものに想像がついたから黙ったのだ。
けれど彼は尚も言い募る。

「あの子の…気配…」
指差す先には薄水色のワンピースを着た5歳くらいの女児。
母親と手を繋いで歩道を楽しそうに歩いている。


「オメェに何ができる」



その女児が纏っていたのは確かに濃厚な死の気配だった。
だがそれを知ったところで何ができる。

こんな場面、今までも嫌と言うほど体験してきた。
その度に残るのは苦い無力感だ。



もうすぐあの子供は死ぬのだろう。
母子らの歩く先では工事現場があって、鉄筋をクレーンで吊り上げていた。
酷い死だ。
しかしそれを避けさせても同等の次の死が待ち構えているだけなのだ。


ロージーにそれを教え込むには労を要した。
彼はそのせいで何度も人の死の瞬間を目にしては、自らの無力さを味わったのだけど。


仕方ないと思え。
運命だと思え。
お前にしてやれることは何もないんだ。





もうすぐだ。
もうすぐ、工事現場に母子らはさしかかる。







「ロージー」


ぼんやりとそれを目で追っていたロージーの袖を引く。
そうして反対方向へと黙って歩き出した。
要は元来た道を戻っているわけだ。


「ムヒョ、どうして」
「うるせェ」





しばらく無言のまま歩いて、そして遠い背後で凄まじい轟音がした。
鉄筋が落下したような。


「あ……」
ロージーがぽつりと呟いた。
振り返らずとも彼が泣いているのが分かる。


現場は惨状だろう。
想像に難くない。



「僕のために?ねぇ、ムヒョ…」
嗚咽交じりの鼻声。



オマエのため?
もちろんそうだ。
そうであるべきだ。


無敵の六氷執行人が死の気配を恐れるなど。
ありえない。



死の気配など恐れはしない。


ただ。


そこでオレはひとつの可能性に気がついてしまった。
ロージーの悲しむ顔を見たくなかった、と。



そんなのはより愚かな結末だ。
このオレがそんなものに囚われるなんて。
死の気配を恐れるよりも尚、愚かではないか。





「ムヒョ?」




オレは無言だった。
発する言葉を知らぬように。









愚か。
愚かだが、面白ェじゃねぇか。
ニヤリと口端を上げて舌なめずりをするように笑う。


守るべきものができただけで折れる目的や決意なんて最初からいらない。
それでも尚、オレは強いのだ。
そうだ。
何も変わっちゃいねェ。


守るべきものが自身に生まれたというのなら、それを受け入れた上で、さらに強くなればいい。
守り抜ければ、それでいいだろうが?
こいつには何も知らせずに、オレにはそれができる筈。






クク、と喉を鳴らしたオレに怪訝そうな顔をするロージー。
オレが声を上げて笑うのがそんなに珍しいかよ。



笑いは止まらない。
とぼとぼと背後を歩くだけのロージーに、「要するに」と、苦笑混じりに呟いた。







「オメェは黙ってオレについてくりゃいいってことさ」











囁きは風が拾い、並木道を静かに抜けて行く。
最後に聞き取れないほどの小さなロージーの呟きまでをも拾って、消えた。























■ボツ作品として、今までお蔵入りさせていたものです_| ̄|○
書き下ろしてなくてゴメナサ…!