存在、その理由。










足りないものを求めるように。




僕は、大きく息を吸い込んだ。














昔から、山あいの町で、空を見上げるのが好きだった。






障害の何もない原っぱで見る空もキレイだったけれど。










人ごみの中で見上げる空。



窓から見える空。



水たまりに映った空。



なんとなく見上げる空。






町の中で見る空は、
建物と建物の間でほそく切り取られて、
とても窮屈そうだと誰かが言っていた。





けれどある時何となく狭い路地裏に入って空を見たとき、
空はとても自由だった。








遠く、




遠く、





果てしなく高く―――――。








確かにそこで見る空は小さかったけれど、
それでも空は何者にも縛られてはいなかった。



どこで見た空よりも、その空は美しかった。






どんなに切り取ろうとしたって、
誰の手にも空は汚されないのかもしれない。







この空はどこまでも続いている。






母さんも同じ空を見ているのかな。
そう思うと嬉しくなって、ぼくは一人微笑った。











なんとなく。



その青にすべてが飲み込まれていく気がして、
僕は黙って手を差し伸べた。








気高い純粋な青。











ふいに、その視界が薄暗く遮られた。




「…ムヒョ?」


「ヨォ」

青空を背景に、
窓枠を踏み越えて現れた親友は、
いつも見る皮肉げな表情で。



「教官がオレたち二人を呼んでる」


それだけ言って、
伸ばされた僕の手を黙ってつかんだ。









「ねぇ、ムヒョ。空はキレイだね」




ムヒョに手を引かれて歩きながらそう言った僕に、
「そう思えるのはオメェが純粋だからさ」と、
視線だけで振り返りながら彼は笑った。





「教官が僕らに話って、なんだろう」

「さぁナ」


首をすくめたムヒョが一瞬瞳を細くしたのを
僕は見逃さなかった。





どうしてだろう。
何故だか、胸がチクリと痛んだ。















「君たちのどちらか一人が、執行人に選ばれる予定だ」

教官は事務的に、ただそれだけ、残酷な一言を放った。



















その日からぼくは空を見なくなった。


ただ少しずつ、闇はぼくの後ろに迫ってきていた。




空も、友の姿も、すべて見えなくなった。
















そうしてある日、
闇がぼくをのみこんだ。









ぼくが好きだった青いそらとは反対の、
ただただ昏い、夜の闇。






まるで冷たい水の中に無理矢理押し込められてしまうみたいに、
ぼくは沈んでいった。






悲しいとか苦しいとか
悲鳴をあげたくなるような痛みに包まれて。












目に見えるのは、艶のない黒。
安物のテレビみたいに時々視界を歪ませる。







たいせつなものが、遠のいていく。








蛭のように絡みつく闇が、
ぼくを強くつかんで離そうとしなかった。





ねっとりとした感触の液体が体を包み、
呼吸はできているはずなのに、
胸が痛くて肺がズタズタになるような苦しみを覚える。









ゴポ・・・ッ。



水泡がカラダから絞りだされ、
血を吐くような痛みにぼくは泣いた。










どうしてこんなことになったの?








心のなかにあるものが、
どんどんこぼれていく。



隙間を見つけては、流れていってしまう。







泡となって、
痛みとなって、
ぼくを包んだ闇に奪われていく。












―――――タスケテ。








思考までも闇に飲み込まれながら、
ぼくは応えるはずのない誰かを呼んだ。








手を伸ばした。







届け。






届け。





ぼくはここにいたくない―――――。













闇はただ静かに僕を包んだ。



静かにぼくの声を塗り潰していった。












―――――そうして。




一瞬、闇の向こうに、ぼくの好きだった青い空が見えた。



















暗闇から目を覚ました時、
ようやく僕は、全てを失ったことを知った。




楽しいことも嬉しいことも希望も全て。











残ったのはカラダを裂くような痛みと、息苦しさ。












目の前にはそらが広がっていた。




とてもとてもキレイな空だった。










眩しくて、
かつてその気高さに憧れた。
















でももういらない。




いらないよ。













「空も、君も、汚れてしまえばいい」














なんとなくそう口に出してみたら、
それはゾクゾクするくらいに楽しそうで、
僕の痛みを少しだけ軽くしてくれた。










「はは・・・ッ」






僕はわらった。




頭の中が真っ白になるようで、
久し振りにとても楽しい気分だった。















できる。




ぼくならできる。






ぜんぶ、こわしてあげるよ。















涙が出るくらい僕は笑って、
もう一度呟いた。












「死なないでね、ムヒョ」












君の存在を汚すことが、ぼくの生きる理由なんだから。

















■わー、もう何だこれ・・・!
大変にスランプです。
いつも以上に統一性に欠ける文章でスミマセ・・・!

まどかたんが絶望に堕ちる心情を書こうとしました・・・あわあわ(あえなく挫折したみたい)
何もかもなくしたようなまどかたんの心の拠り所は、ムヒョへの憎しみだけなのかなーとか・・・そんなのを書きたかったんですが・・・あれ?(泣)