white diary











真っ白な紙。

染みひとつすらないような、吸い込まれそうな白。





ノートサイズにキレイに裁断されたその白は、
数百枚もの束となって、彼の机に積まれている。












僕も一応助手なんだから、自分の机が欲しいよ。


などとただそれだけをまるで一生の大事のような切羽詰った顔で訴えてきたアイツの顔に、
呆れるよりも失笑を溢してしまったことを覚えている。




不要だ、と言おうとしたんだ、オレは。




お願い、ムヒョ。


それなのにオマエの顔は、目は、頼みごとに釣り合わぬほど真摯で、
しばし悩んだ末に購入を認めたオレを嬉しそうに抱え上げた。




何に使うんだ、とは聞かなかった。

















一週間後届いた新品の机。
天然木の、アイツらしい柔らかで温かみのある自然色。




僕の机だ。
嬉しそうに眦を下げて笑った彼は、窓からの陽光に淡く包まれている。










次の日、真新しい机には、真っ白の紙の束が置かれていた。

何かの書類かと手にとってみれば、裏も表も何も描かれていない純白。
普通の紙とは違うのか、和紙のような、少し繊維の浮いた素材だ。
だが手触りは肌に馴染み、どこか高級感さえ漂っている。




しばし怪訝な思いでそれを見つめて、首を傾げた。
傍を通ったロージーがニコリといつもの微笑みで、キレイな紙でしょう、と言った。



















毎晩アイツは机に向かっている。



オレが書類を処理している時間以上に、
彼が机に向かっている時間は長いようだ。






何をしているのだろう。



毎晩少しずつ、白い紙は減っていく。


代わりにそのすぐ隣に、新しい山が生まれた。
ビッシリと几帳面に何かが書かれた紙。




気にはなったが、特に覗きはしなかった。
狭い事務所、たった二人きり、たった二つの机。
だからこそ、プライベートに踏み込みすぎてはいけないと、それは互いの暗黙の了解だ。





ただ白い紙は減って、彼らしいこだわりのレトロな羽ペンと、インクの瓶が、静かに机の上に佇んでいる。













窓を開ければ控えめに虫の声が聞こえてくる、そんな晩。
アイツはどこで買ってきたのか妙な形の蚊取り線香を窓際に置いた。




アイツの肌に蚊の食い痕は見当たらない。
オレの腕にはいくつかの紅い痕。














今日も真っ白な紙が積まれている。
減って、増えて、減って。












窓から突然予想できないほどの強い風が吹き抜けた日。




あ。



短く呟いたアイツの机から白く薄い長方形が浮く。
何百枚単位であろう紙がそれぞれ吹く自然の息吹に踊るように、
室内を自由に舞い踊る。







部屋に舞う、純白。
それはまるで、目に映る景色が白く切り取られ剥がれていってしまうようにも見えた。



ベリベリと、切り取られていくような白と背景。





それをただ呆然と見つめるだけのアイツ。



床にも散らばり、尚も風の残滓に漂う白たち。






キレイだ、と思った。
ただ、なんとなく。




















拾うのを手伝ってやると、彼は嬉しそうに笑った。


ありがとう。




両手に抱えた紙の束。
優しい手触りの紙。



アイツに手渡したとき、ふと思った。
似ている。




この穏やかな紙は、オマエに似ているな。






何となく口に出してみたら、彼は机を買ってやったときと同じ顔で笑った。


















真っ白な紙、か。


白は、限りない世界を包容している。




もしオレだったら、あの白に何を描くだろう。










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若干乱れた紙の束。
月明かりは青白く窓から射し込み、事務所の温度を数度下げるようだった。




室内には小さな寝息と、時計の音以外何も聞こえない。





机の上には、中身の減ったインク瓶と、羽ペンと、何かを書きかけた白い紙。
そこには書いた者の性格が現れているような丁寧で癖のない筆致で、彼の上司のことが事細かに記されている。




















■ロージーはムヒョの観察日記(?)を綴っていそう。
どんな行動・どんな変化も見逃さない子だと思います。