A line of a road.
















痛みに叫んだならば、
この鎖に捕われることはなかったろうか。







痛いことがあった。
悲しいことがあった。



それを絶望と思うことはないけれど。








死んでしまいたいとか
狂ってしまいたいだとか
思ったことはあったろうか。





どんな手当てもできやしない、
内面で熟れた柘榴のように割れて
冷たく熱を持つ傷。




それを終わらせたいのなら、
この呼吸を止めてしまえばすぐ終わるのに、
どうしてかそれはできないでいる。






とうにこの心は呼吸を忘れてしまったように痛くて、
抱えて生きるのはあまりにも酷だというのに。












友が、堕ちた。

彼は狂ったように、オレの死を願う。






狂気と正気の線引きはどこにあるのだろう。



誰もが歩いている道は、
どこに線が引かれていて、
どうやってその線の向こう側に隔たれてしまうのだろうか。














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「ムヒョ、大丈夫か?」
ヨイチが言う。




ああなぜこいつはこんなにも平静でいられるんだろうと一瞬考えて、
すぐにそれは違うんだと否定する。

痛みは、他者の目に映らないもの。
それでも彼の指から血が滴っているのを見て、
彼が無意識に爪を噛んでいて、指も共に傷つけてしまったことを知る。




「どういう意味だ?」



また爪を噛みかけて、ヨイチは気づいたようにその行為を思い留まる。
滴る朱がじわじわと服の袖口を染めていく。




「心配なんだよ、オマエが」


「オレが?オレがアイツみたいになることをか?」
ニヤリと口元にだけ笑みを浮かべて、
相手の瞳を見据える。





「お前が一番ツラい立場だろ」
ぽつりと溜息を吐くように言葉を落とすヨイチの姿。



コイツの痛みはオレには決して分からない。
それでも泣きそうな表情で、その片鱗だけ垣間見ることができる。







「バカめ。弱音吐いてる暇なんざねぇんだ」
アイツは必ずオレを殺しにくる。






「絶望、か…」


ヨイチの言葉にオレは眉間を寄せる。
「絶望?」








彼は、少しだけ投げやりに笑った。
「お前も、絶望しているのか」と。












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痛みは長引けばどんどん麻痺していく。
何も感じなくなるほどの痛みが、感情までもを奪っていく。




悲しみや痛みに屈さずにすむには、
ただ、感情を捨ててしまえば、それだけでいいのだ。













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久し振りに会ったヨイチは、
学生だったときと変わらぬ笑顔でオレを迎えた。
オレが執行人になったそのすぐ後、彼は裁判官になったと、手紙で知った。





「オメェも裁判官か…」


「まぁな。お前にばっかいいカッコされてたまるか」
茶化すように言ったヨイチの顔を黙って見つめる。



知っている。
コイツがどうして裁判官になったのか。


あれだけ勉強は遊びの二の次だと、いつも笑いながら言ってたヨイチが、
どうしてこの速さで裁判官になったのか。





「エンチューのこと、諦めきれねぇか」


一瞬目を見開いて、そうして彼は僅かに苦笑いする。
「ムヒョには敵わないよな、ホント」




「それで?今日は何故オレを呼んだ?」
まさかこうして昔話をするわけでもねぇだろ?





ヨイチの目が真摯な光を帯びる。
しばらく躊躇って、迷いを振り切るように呟いた。




「オレを、お前の助手にしてくれないか」







ヨイチがこう言ってくるであろうことは、
ここに呼び出された時から予測していた。
だからオレはほんの少し瞳を細めただけで、
躊躇いもせず首を振る。





「それは、無理だ」





それを予想していなかったのだろうか。
ヨイチは呆気にとられたように口を半開きにして、息を呑んだ。
「何、で…」



「分からぇか?」
オレは一歩、二歩、ヨイチに近づく。




「オレとヨイチ、そしてエンチュー。
その構図じゃ、いつまでもオレたちは抜けられない連鎖につかまっちまうだろが」





「そもそもオメェが、エンチューに攻撃できるのか?」






ヨイチはそこで初めて傷ついたような顔をした。
できるわけがない、コイツに。
親友に攻撃などとても。




「じゃぁ、ムヒョはできるのか?エンチューに攻撃を」




「できる」



即答したオレに、ヨイチは何も言わなかった。
ただしばらく黙って、小さく微笑う。





オレは僅かに吐息を洩らして呟いた。
「できるさ」














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「ムヒョ。大丈夫か?」
帰り際に背中に投げられた言葉に、オレは首だけで振り返る。
「何がだ?」





「お前、笑わなくなった」
ヨイチの声は掠れていた。






そうだろうか。
分からない。



だが昔のように笑えなくなったというのなら、
それはオマエも同じだろうと言いかけて、やめる。
口端にまで浮かんだ言葉を飲み込んで、オレは「じゃぁな」とだけ呟いた。













悲しくなどない。
痛みなどない。
笑うこともいらない。




甘んじてしまえば、
しがらみにもっと絡め取られてしまうから。







オレが、道に引かれたラインの内側にいるのかとか外側にいるのかだとか、
そんなことはどうでもいい。



人がもし、それを“絶望”と呼ぼうとも。







この手を汚すのはもう、オレだけでいい。















ヨイチ。
オマエはそこで笑ってアイツを待っていてやれ。




せめてオマエだけは、
アイツを傷つけないでいてやってくれ。