「おやすみ。」







「おやすみ」

そう言って眠るいつもの夜が、
いつもとは違う夜





「おやすみ」

そのコトバに少し寂しくなる夜。




「おやすみ」

そう言うのが、
とても息苦しい夜。






今日からムヒョは、三日間の眠りにつく。










僕はこの三日がキライだ。
ムヒョがいない三日、寂しくてたまらない。


子どもっぽいとムヒョに笑われるかもしれない。
オマエは僅か三日ごとき一人で過ごせないのかと。




僕自身、たかが三日・・・と思う気持ちはあるし、
実際そうだと思う。
けれどやはり理屈と感情は別なのだ。
他のどんな長い時間に耐えられても、
この三日だけは僕にとって特別で、そしてとても苦しい時間で。




三日ムヒョの声を聞けない。

三日ムヒョの瞳を見れない。



それだけなのに、
今生の別れというわけでもないのに、
それがやけに悲しい。





そうして三日間何もせず、
ただただムヒョの寝顔を眺めていたことさえある。


もちろん目が覚めたムヒョに怒られたけれど。




眠っている時のムヒョの顔は、
普段の険しい表情とは打って変わって、
とても穏やかだ。



髪を引っ張ってみても、
柔らかいほっぺたをつまんでみても、
普段じゃ言えないちょっとした愚痴なんかを
耳元で呟いてみたりしたって、
もちろん何の反応もない。





まるで、死んでるみたいに、静かな寝顔。




無意識にだけど、
ムヒョに終わりが訪れるとするならば、
きっとこんな風に穏やかに眠るんだろうななどと考えてしまい、
自己嫌悪に陥ってしまったこともある。



そんな愚かな空事まで抱いてしまう自分が嫌で、
最近はムヒョが寝ている三日間はとにかく家事に徹して、
ばからしいことを考えないようにしていた。





書類のファイリング・書棚の整理・
ムヒョの執行服はいつもより念入りに洗濯して――――。



それでも時々ムヒョの声や仕草や
時々見せる皮肉げな表情を思い出しては、胸が痛くなったけれど。




そんな気持ちをやり過ごしながらいつもひたすらに三日間辛抱して、
そろそろ目覚めると思う時間には必ずムヒョの傍にいて、
彼の目覚めを待つのだ。


でも目覚めたムヒョに
待ちわびたという感情を知られたくはなくて、
わざと何気なく「あ、起きたの?」なんて言ったりする。



ホントはなりふり構わずしがみつきたいくらい、
嬉しくてたまらないのに。









だから今回も、ただひたすら待ったのだ。
三日という短くて長い時間。


せつなくて、寂しい時間。



毎晩寝る前に必ずムヒョのベッドまで行って、
「おやすみなさい」と声をかけて。









ムヒョの寝息を聞きながら、僕はうとうとと目を開けた。


「あ・・・寝ちゃったんだ・・・」



寝る前にムヒョの寝顔をとその顔を眺めていたのだが、
気づかぬ内につられて寝てしまったようだ。



でも今日は三日目。



時計を見ると、
もうすぐムヒョの目覚める時間だった。
僕は期待感に、少しだけ笑う。



「はやく起きてね、ムヒョ・・・」


そう呟いてただじっとムヒョの顔を見つめる。




血色の悪い、白い顔。


伏せられた睫毛。


規則正しい呼吸音が聞こえなかったら、
本当に死んでるんじゃないかと疑ってしまいたくなるくらいに、
それは安らかな寝顔だった。


もうこのまま目覚めないんじゃないか、って思えるくらい。



一度そう考えてしまうと、
本当に彼が目覚めて話して動いて・・・生きているということ自体が
もしかして全部、僕自身の想像にすぎないんじゃないか?なんて、
とりとめのないことまで考えてしまう。



だってムヒョが眠りについてしまえば、
彼自身というものを証明できるのは、
目の前で横たわるこの肉体しか存在しないのだから。


その事実は、単純なことだからこそとても恐ろしい。




不安になる。


この人の声をもう聞けないんじゃないかって思って、
鼻の奥がツンと痛くなる。





はやく起きてよ。


僕の考えをくだらないって、
笑って一蹴して。













時計の秒針が、
コチコチと無機質な音を室内に響かせる。



時計はただ時を刻んで、
自分に与えられた唯一の使命を忠実に果たし続ける。




「ムヒョ・・・?」



おかしい。

もう起きてもいい時間なのに。




「ムヒョぉ・・・」



不安げにもう一度呼ぶ。


応える声はない。



僕はムヒョの変わる事のない寝顔を凝視した。

ムヒョが起きるのが楽しみでわくわくしていた気持ちが
急にしぼんで、同時に不安で気が気がじゃなくなる。
恐ろしすぎる胸騒ぎに、息がつまった。



考えたくない、
言葉にするのも恐ろしい思いが脳裏をかすめる。





「やだ・・・ムヒョ・・・起きて・・・!」


ゆさゆさと布団の上からその小さな体を揺する。





恐ろしかった。

まるで見えない手に、
強く心臓を握られているようだった。



呼吸がうまくできない。



不安で

恐ろしくて

恐ろしくて、


ただただ恐怖で。



いきのしかたがわからなくなる――――。





「ムヒョ・・・」
僕はムヒョの体に顔を埋めた。













「――――オイ」



聞きなれた声に、僕はそれの意味を考える前に顔をあげていた。
「ムヒョ・・・!」
目の前にはいつもの不機嫌な表情。
寝起きだからか、少し冴えはないけれど。




「良かったぁ・・・。いつもの時間に起きないから心配したんだよぉ・・・」


安堵のあまり、僕の両目からはポロポロと涙がこぼれた。
ムヒョは状況を理解してるのかしてないのか分からない表情で、
僕の顔をじっと見ている。




「オレは鶏じゃねぇんだから、そう時間通りに起きれるわけねぇだろが」
寝起きからそんな辛気くせぇ顔見せてんじゃねぇ。




そうボソボソと文句を言う言葉すら嬉しくて、
僕はうんうんと何度も頷いた。



そうしてしばらくぼんやりとムヒョは僕の顔を見ていた。
何か考えるように。
どこか呆れているように。




そうしてムヒョの体に乗せたままの手に邪魔そうな視線を向け、
それからまた僕の顔を見つめた。




「オイ、泣き虫」

「そんなに三日オレが寝るのが不安か」


不機嫌・・・というよりも苦虫を噛み潰したような表情で訊ねられて、
僕は素直に頷いた。




「・・・ったく。」

「オレが三日寝る度にオマエが情けない顔で待ってたのは知ってたが、
まさかここまで重症とはな」
皮肉るように言われて、少ししょんぼりとした気持ちになる。




僕は僕自身の不安感をうまく隠していたつもりなのに、
ムヒョには全部お見通しだったわけだ。






情けない。


どうして僕はたった三日さえも、
ムヒョに心配をかけないようにできないんだろう。




本当に情けない。


情けなくて、涙が出てくる。




またメソメソと泣き出した僕に、
ムヒョの眉間に皺が寄った。




「いちいち泣くな、うぜぇ・・・!」



そうして、体の上に乗った僕の手を勢いよくつかんだ。
ひんやりとしていて、けれど不思議と暖かい彼の手のひら。






「ムヒョ・・・?」

唖然として涙を止めた僕から、
ムヒョは視線をそらした。




「そんなに不安なら、手握ってろ」



「――――え?」




「オレが寝てるのがそんなに不安なら、
手でも握っとけって言ってんだ。」




言いながら、より強く僕の手を握りしめる。

彼の小さな手のひらでは、
僕の指先程度しか握れていないけれども。





「いくら間抜けなオメェでも、
オレが生きてるか死んでるかぐらい、手握ってりゃ分かるだろ」







僕はぽかんと口を開けたまま、
早口で言い放ったムヒョを凝視した。



「いいの・・・?」


だってムヒョは、
人にふれられるのをとても嫌うのに。




「フン。毎度毎度そんな情けねぇ顔見せられるよりゃマシだ」


「ムヒョぉ・・・」
声が震える。



泣いているからじゃなくて、
嬉しくて。






――――だって。


だって、
ほんとうに嬉しい。





手を握ってろって、
ぶっきらぼうなそれだけの言葉なのに、
それが僕の心をこんなにも熱くする。



しんなりと落ち込んでいた僕の気持ちに、
ムヒョはいつも暖かい光を与えてくれる。




つながった手から、
ムヒョの優しさも伝わってきて、
そんな些細なつながりがとても幸せで。






でも感極まった僕の目からはまた新たな雫がこぼれて
ムヒョを呆れさせる。



ウゼェ・・・と小さく呟きながらも、
それでもムヒョは握った手を放そうとはしなかった。




だから僕も強く握り返す。



ムヒョの体温と僕の体温が混ざり合って、
とてもあたたかい。








ムヒョの三日の眠りは、
たぶんそう遠くなく訪れる。



僕は初めて、
笑って「おやすみ」って言えるかもしれない。















■いつも本文よりもタイトルに悩みます・・・。
作品はできてもタイトルが決まらずupできないこともしばしば・・・あわわ。
そして今回は「おやすみ」をカタカナにするかどうかで悩みましたorz

三日って結構長いと思う。
ロジたんは結構しょぼんとしながら待ってそうです。
『待て』をされてるわんこのように・・・!(萌)