空白












なんとなくね。


愛してるなんて思ったよ。




なんとなくね。


それを言葉に出してみた。




誰もいない部屋で呪文のようにね。


なんとなく。




心を込めて呟いてみたよ。
















本を読むムヒョの横顔。


幼い顔つきと、眉間を寄せる仕草のギャップ。
それでも意思の強い眼差しと、固く結んだ唇に、
彼の強さだけ浮き彫りになって感じる。




手にした本は分厚い。
僕が読もうとしたなら、
その難解さ故にどれだけの時間をかけても理解できないだろうと思う。







難しい顔。


ほんとうに真剣な眼差しをする。




その目で、僕を見てくれたらいいのに。






「…ね、ムヒョ」



聞こえていないのか、ムヒョの視線は落とされたままだ。
もう一度呼ぶ。





「…なんだ?」



見上げてくる不機嫌な眼差し。
いつもの瞳だ。






僕は言いかけて、それを呑み込む。




いつも一人で呟いている言葉。


僕から君へと続く延長線上にいつも転がっていて、
枯れずに咲く時を待っているその言葉。





一番届けたいひとにだけ、
一番届かないその言葉。









「…おい」




黙ってしまった僕を怪訝そうに見つめる彼の目が、
僕の言葉を更に迷わせてしまう。






僕の言葉を聞いたなら、君は何て言うだろうね。


何をバカなことを、と一蹴するのかな。
それとも君は今よりもっと、僕から離れてしまうのかな?










ねぇ。
ほんの刹那だけでいいよ。




神さま、時間をとめて。

YesもNoも与えられないように、
どうか時間をとめて。











呼吸を止めて、僕は微笑った。


知っている。
時間は止まらないから。







「ロージー?」



僕は抱えていたお気に入りのクッションを、
形が崩れてしまいそうなほど抱きしめて、数度かぶりを振った。




「ごめんね…なんでもないんだ」




ムヒョは片眉だけを器用に寄せて、しばらく僕を見つめていた。
そしてそれから肩をすくめて、再び本に視線を落とす。




そっと俯く。

俯いて、少しだけ、勇気を出すように強く目を伏せた。







「      」




唇だけでつくったその言葉は、
君には見えていないことを知っていながら。



















伝える言葉を失くしてしまったんだ。


呪文のようにね、
この痛みを断ち切ってくれる何かを望んだりもしたんだ。




愛してると言えたなら、
そこに僕の幸せはあるのかとか、
難しいことばかり考えてみたよ。



なんとなくね。


一人の部屋で、今日も僕は呟くんだ。




言えない言葉を。
癒えない言葉を。



理解したような顔をして、
一人ぼっちで。





「あいしてる」 なんて。





ひとり遊びしか知らない、
子どものおままごとじゃ在るまいしね。