ヒカリ。




白。


真っ白なそれは、
たぶんきっと白すぎて、清すぎて
眩しすぎるほどに。



白。
純白。



かなしくなるほどに。
どこまでも。





どこまでも。








ホコリが部屋中に舞っていた。
バタバタと忙しなく動く物音に、
もう何度目かの寝返りを打つ。




―――やかましい。


少し我慢すれば終わるだろうと思って黙っていたが、
眠りに落ちようとする度、何かしらの騒音で邪魔をされてしまう。
やかましさというものは一度気に障ると、
それが何倍にも感じられてしまうものだ。
確かに睡魔は襲ってきているというのに、
どう頑張ってみてもいつまでも眠りにつくことができない




羊は何匹数えたっけか・・・。
・・・あぁ、2039匹目で断念したな・・・。



天井を見つめながらそんなことをぼんやり考える。
こうしていてもいつまでもこの状態が続きそうな気がする。

一体、羊を数えていれば寝れるだのとはダレが言ったんだ・・・。
羊にすら腹を立てながら、半ば自棄気味に勢いよく起き上がり、
ベッドから半身を出してぐるっと部屋を見回し、
睡眠の邪魔をする張本人を探す。







「あれ、ムヒョ起きたの?」

にこりと笑いながら、ロージーはハタキを持った手を下にさげた。
エプロンをつけ三角巾を頭に装着し、
片手にハタキを持った典型的な掃除スタイル。


「起きたの?じゃねえダロ・・・!」

ムカムカと頭から湯気を噴きあがらせながらロージーを見ると、
「どうしたの?」などとまた無邪気に聞いてくるので、
怒りが少し挫けてしまう。


「何のつもりだ!オレに一体何匹ヒツジを数えさせるつもりだ!」

羊を突然引き合いに出されて、
ロージーはきょとんとした表情で首を傾げる。
分からないのは当然なのだが、
それにしても鈍感すぎる彼はしばらく考えて、
それでも何かを閃いたように、ポンと手を叩いた


絵的に表すのなら、頭に豆電球。
そんな表情で。




「分かった!ムヒョ、動物園に行きたいんだね!」






―――・・・。







「・・・ムヒョ。痛いよー」
容赦なく目覚まし時計をブツけられた額を涙目でさすりながら、
上目遣いにロージーは呟いた。


「オマエがあまり下らん事を言うからだ!」

そう言って少しはスッキリした頭で室内を見回す。
まだホコリは舞っているものの、
とても丁寧に片付けられた部屋。
その視線に気づいたのか、
ロージーが嬉しそうに笑う。


「どう、少しは片付いたでしょ」

自慢げに、ホコリがついた手で顔を拭って。
「ムヒョと僕の仕事場だもんね、キレイにしないと」
そう言ってまた微笑った。







―――似ている。



屈託なく笑うその姿が、とても。





道を違えた――――。


いつだって日だまりのように笑っていた――――――親友に。







「ムヒョ?」
不自然に黙り込んでしまった彼の顔を
ロージーは心配そうに見つめている。
「まだ眠いの?」


「そりゃナ。眠気だけには勝てん」
そう言って、再びパタンと横になった。






天井を見つめる。
真っ白な天井を。



眠れそうなのに、また眠れない。

―――脳裏に焼きついて離れない姿がある。







「おい、ロージー」

本棚の整理をしていた彼は、
両腕に何冊もの本を抱えたまま「ん?」と、
声だけで返事をする。



「オマエはオレを妬ましく思うことはあるか?」



「―――へ?」
唐突な質問に、
ロージーは手に持っていた本を、
思わずバサバサと取り落とした。



「え・・・いや・・・そりゃ羨ましく思うことはあるし・・・」
「ムヒョみたいになれたらってさ、いつも思ってるよ」


俯きがちに言葉を切って、視線を彷徨わせる。
そんな彼の言葉を、
ムヒョはただじっと横になったまま聞いていた。


「でもそれは自分の不甲斐なさに腹が立つわけだし・・・
妬みとはやっぱり違うよ」


「ムヒョは天才だけど・・・、その才能だって、
努力があってこそ発揮されたものだって思うから」


・・・なんて、ちょっと偉そうかな。
ヘヘ・・・とロージーは照れくさそうに笑った。







白い、白い。


記憶の中の白い面影。


やり直せないのだろうかと、
いつもどこかで思っていた。




そうしてオレはいつのまにか・・・屈託なく笑う彼に、
記憶の中の面影を重ねていたのだろうか。







雲に隠れていた陽が顔を出し、
室内を明るく照らす。
突然の明るさに、ムヒョは思わず目を背けた。


「わ・・・っ。晴れてきたね。洗濯物もよく乾きそうだなぁ」

そう言って窓の方を向く彼。




―――白いヒカリ。


真っ白だ。


眩しすぎて、
目を開けていられない。




「―――ヒカリ」
ふと、呟く。






「あ・・・。眩しかった?ブラインド下げようか」
すぐに窓の方へ行こうとする。



「おい、ロージー」


「え?何、ムヒョ」
立ち止まって振り向いた彼の表情は
翳っていてよく見えない。
日差しが強すぎるのだ。
ムヒョは何度か瞬きを繰り返した。






真っ白だ。

目が痛くなる。

瞼を閉じていても、
ヒカリが視界を染めるのが分かる。





「こっちに来い」


その言葉に、
ロージーは何の疑いもなく近づいてくる。







真っ白。

まっしろだ。

オマエは何故、
そんなにも白く澄んだままでいられる。




「どうしたの?」




どうして、突然そんなことを思ったのか分からない。

ただ、白い。

その白さに恐怖すら抱いてると言ったなら、
オマエは笑うのだろうか。




「しばらく黙ってろ」



そう言って、近寄ってきたロージーを引き寄せ、
その細い肩に頭を押し付けた。
ホコリのにおい。
そのにおいに、
やかましかったが、コイツはコイツなりに掃除を頑張っていたのだなと思う。




「ムヒョ・・・?」


「―――怒って悪かった」


「え?」
その顔を見なくとも、
ロージーがぽかんとした表情をしたのが分かる




「何度も言わすな」
それだけ言って目を閉じる。





ヒカリが強ければその分、
比例するように影も深さを増す。


ヒカリはいつまでも影にはなれず、
その逆もまた然りで。


だからこそ、
ヒカリは影に、
影はヒカリに。



ただ一途に焦がれる。





「―――うらやましい」

オマエのヒカリが。



眩しすぎて、
直視すらできないそのヒカリ。

オレが見失った、
どこまでも唯一の白いヒカリ。




強く、額を押し付ける。

そうすればまるで、
彼と同化できると信じているかのように。




「痛いよ、ムヒョ・・・」







白く、白く。

焼きつくような純白。


オマエというヒカリが、
オレの中の闇を照らし出す。



そうしてそのヒカリを、
この先も失わずいられるだろうか。





どこまでも。




いつまでも。






――――――変わる事のないそのヒカリを見失わずに。
















※WJ13号を読んで、勢いで書いたもの。
エンチューも本当はとても優しかったんじゃないかなーと。
そんなのがロージーたんと重なりました。
それにしてもまとなりのない内容だー(ホロリ)

ムヒョはロージーたんの真っ直ぐな白さに焦がれているんじゃないかなーとか。
そういう真っ直ぐさって、どこか切なくもあります。