言葉、の












ずっと言えずに溜めていた言葉がある。


何度も唇の端に上っては、
また心の奥へと還っていった言葉。


言葉・・・言の葉。
それはまさにひとひらの葉のように積もって溜まって。






誰かのために何かをするだとか、
好意を寄せるだとか、
笑ってみたりとか。


そんなのはありえないことだと、
ずっと無意識に思っていた。


オレという存在が、
オレ以外の他者とふれあうなど、
他者に心揺らすなど、
決してありえないと。




だから不思議だったんだ。



他人のために泣いて、
笑って、
怒って、
そんなオマエが。



所詮人間というものはただの個人にしかすぎなくて、
それ以外はいつまでもそれ以外でしかないハズだというのに。



なのにオマエを見ていると、
そんな当たり前の基本すら根元から崩されてしまう気がした。




まるで自身のことのように・・・、
否、自身のこと以上に他者と関われるオマエ。








エンチューを失くしたオレがどれほどの闇に堕ちたか、
オレ以外は決して知らない。
そんなのを露呈するほどに、
オレはきっと器用にできちゃいなかった。


ただそれでも無意識に求めた温もり。



多くの言葉があったわけじゃない。
安らごうと求めたわけでもない。


ただ他の誰とも、他の何者とも違うオマエに、
ほんの少し興味を抱いただけ。









見返りを求めず、
惜しみなくわらってくれる。


両手をひろげて、
いつでも温もりを与えてくれる。


明らかに理不尽だとオレ自身が理解している要求にすら、
文句を言いながらも応えてくれるその姿に。






救われたとか、
きっとそんな大仰なものなどではなくて。




ただ、うれしかった。












開いた魔法律書から、眩い光が溢れる。
刑の執行を言い渡された霊が、
何事かの呪いの言葉を吐いてその中へと飲み込まれていく。



罪への罰。



それ自体を当然だと思いながらも、
この瞬間オレはその霊の姿に自らを重ねる。




意図したわけではなくても、
遠い日友の心を壊してしまったオレの罪の重さを。


どこかで思っているのだ、
オレも裁かれるべきではないかと。






そんなことを思って。
けれど答えが出る前に、
この体は執行の反動で眠りに落ちようとする。



霊が完全に光の渦へ消えていくのを見届けて、
本を閉じて。



抗うこともできない眠りに引きずり込まれていきそうになる体を、
抱きとめられる。



霞む視界の先でいつものように微笑うオマエ。



「もう、大丈夫だよ」



だから眠れ、と言っているのだろうか。
けれどその言葉が、
沈みかけたオレの心をすくい上げる。





君は悪くないよと、
そう言っているように聞こえたのは、
オレ自身の勝手な思い込みにすぎないのだろうか?





それでも、曇りないオマエの暖かさは、
オレがすがれるただひとつだけのものだから。









与えられるものの大きさに、はじめて感謝した。










ずっと言えずにいる言葉がある。



言えずに溜めている想いがある。




多分その想いは、
ただひとことの言葉だけじゃ伝えられないだろうけど。








濃厚に絡む睡魔に飲み込まれるその間際。


唇だけで、刻んだ。









「 ありがとう。 」

















web拍手のお礼として公開していた作品です。
最後の「ありがとう」は、このサイトへ来てくれる皆様へのお礼として綴らせて頂きました。