雨音。







突然の雨。



白よりも落ち着くような薄灰。
それが落とす滴は唐突で、
天気など気にして外出することのなかったオレは、
雨が降るたびに軒下で途方にくれたりした。


ロージーが一緒ならば大抵その日の天気予報などを見て
必要なら傘を準備していたから、それは助かったけれど。




でかける前にいつも空を見て、
その日の天気を確かめていたロージー。


それでもたまに傘を忘れた時などは、
自らが来ているコートを持ち上げて、
黙ってその中にオレをすっぽりと覆った。


風邪なんかひいたら大変だから、とそう言って、
どんな大粒の雨に降られていても、
決まってロージーはふわりと柔らかく微笑った。

コートの中はロージーのにおいがして、

雨音は聞こえるのに落ちる滴は見えなくて。
まるでロージーと二人しか存在しない世界にいるみたいに。


同じペースで歩けたのは、
ロージーが体の小さなオレに合わせてゆっくり歩いてくれていたから。



オレが濡れないように庇いながら、
オマエはいつだって黙って雨に打たれていた。
















霧がかった空が広がる。
薄灰だったそれが重い鉛色に、見る間にその色彩を変えていく。
落ちてきそうなほどのそれは、
時折吹く風にすら翻弄されることなく、
空に蓋をしてしまう。




事務所の窓から腕組みをしながら空を見上げ、
オレは短く舌打ちをした。



「アイツめ・・・どこ行きやがった・・・」

脳裏に浮かぶのは泣きながら事務所を飛び出したロージーの姿。
自覚はないが、オレの発言が彼を傷つけてしまったようで、
昔と変わらず泣き虫なロージーは、「バカ!」だとか何とか
何の迫力もない捨て台詞を吐いて出て行った。
どうしてアイツはあんなに女々しいんだ・・・!
吐き出す相手のいないイライラを心に渦巻かせながら、
うまく言葉を操れない自身にも苛立ちを覚える。



どうしてだか、オレはいつも言葉が足りないらしい。
オレ自身に伝える気はあるし、
アイツとの相性も決して悪くないはずなのに。



昔と違って身長だけはロージーを追い抜いたけれど、
中身は互いに何も変わっちゃいない。


それが何となく可笑しくて、
オレは唇の端を吊り上げて少しわらった。





鈍い色の不快な雲の流れを、目線だけで追う。
「・・・・・・降るだろうな」
そう呟いた声がまるで合図だったかのように、
鉛色は溶け出すように一粒、二粒の滴を落とし、
次の瞬間には、視線の先に広がる世界を白く霞む風景へとシフトさせた。



まるでバケツをひっくり返したかのような雨に、
オレは眉をひそめる。


傘さえ持たず飛び出したロージー。
雨に降られてしょんぼりしているであろう姿が浮かび、
オレは溜息混じりに再び舌打ちした。











額から瞼を伝い視界を滲ませる滴を、
乱暴に拭いながら早足で歩く。



勢いよく降ったのは最初だけで今は静かな小雨。
それでも、街中には人影も車影も見えなかった。


無人の商店街を抜け、小さな公園を突っ切る。
こんな日に公園などで遊ぶバカはいない。
だから手っ取り早い近道感覚でその公園に足を踏み入れたはずなのに。





無人の砂場。
雨の滴が途切れずしたたる低い鉄棒。
そして、不安定に風に揺れるブランコ。





「ロージー」





うなだれてゆらゆらとブランコを揺らすのは、探していた姿。
今しがたまで泣いていたのだろう、
いつもは溌剌と表情を変える大きな目は痛々しげに充血してしまっている。


水たまりを乱暴に蹴りながら、歩み寄る。


「おい」


正面から見下ろすように声をかけると、
ロージーは案の定情けない顔でこちらを見返し、
オレの姿を捉えた瞬間に、再びその瞳を濡らす。
雨に混じって頬を伝うそれを、オレは乱暴に手のひらで拭ってやった。



ツメタイ空の涙と違って、その感触は暖かい。


「手間かけさせやがって」




オレの言葉に一層うなだれる。
ブランコの鎖を握る指が、
涙をこらえるようにぎゅっと強く握られて震えた。


「ごめ――――――」

オレは静かにロージーの頭に手を乗せた。
謝りかける声を遮って。





滴を落とし続ける空を見上げる。
どこまでも白灰なそれは、
柔らかく霧のように、見える景色全てを濡らす。




オレは黙って、着ていた外套の中にロージーを包み込んだ。
その華奢なカラダは、
広がりのある漆黒の外套の中にキレイに隠れて見えなくなる。

ブランコが不安定に揺れ、金属の軋む音がした。



「わっ!ムヒョ・・・何を・・・」


「うるせぇ」



動揺するロージーを黙らせるように、
外套の中で強く抱きしめた。




「ムヒョが雨に濡れちゃうよ・・・」



「構わねぇよ」




ぽそぽそと話す声は微かで、
まるでしとしとと降り続ける雨音のよう。






「オメェが風邪ひくよりゃマシだ」













そう。

昔はそうやってオマエがオレを雨から守ったろ?



オレが風邪をひくことは滅多になかったが、
オメェはよく熱出して寝込んでたな。





強い風に当たらぬよう、
冷たい雨に濡れぬよう、
風よけとなり傘となり、
オマエはいつも笑ってオレを庇った。



それはとても心地いい暖かさだったんだ。




だから。

今度はオレの番だろ?











「帰るぞ」


外套の中でロージーの肩を抱いたまま、彼と同じペースで歩き始める。

粉雪のように白く柔らかく空気に舞う霧雨と、寄り添う暖かさに、
ガラにもなく幸せだなんて思いながら。

















■ある方の素敵イラストから生まれた作品。
ロジはいつだって大人ムヒョの外套=執行服にくるまれてればいいと思います(笑)