衝動熱量。










降り積もる雪が全てを埋め尽くしてしまうなんて、だれが言った?



この声すべてをかき消して奪っていくのが風だと、だれが言った。




願いは叶うのか。


想いは届くのか。



流れ星に三回願いを言えたなら、だれがそれをかなえてくれる?

願うオレを、誰が知るというのか。


その強さでこの想いが叶うというのなら、あとどれだけ思えばいい。


あとどれだけ苦しめばいい?


まるで生身を削がれるような痛みに、これ以上どう向き合えばいいというのか。












「どうしたの、ヨイチさん?」




肩を叩かれ、唐突に我に返る。
一瞬前まで何を考えていたのか思い出せず、
頭に不愉快なもやがかかったようで、オレは首を数度振った。



「あぁ・・・悪い。ちょっと考え事してた」
「考え事・・・ですか?何だかすごく怖い顔してましたよ」



心配そうに覗きこんでくる顔に、ようやくオレは完全に目が覚めた。

ロージー。
どうしてロージーがここに?
一瞬そう思って、すぐに思い出す。
今朝ムヒョから電話があって、
自分が出張に行く間、
エンチューのこともあるからロージーをオレの家で預かってくれと言われたのだ。
面倒がって滅多に連絡などしてこないくせに、
自分に必要な時は何でも押し付けてくるところは昔から何も変わっちゃいない。



「そうか?それよりロージー、せっかく来たんだし掃除なんかしないで座ってていいんだぜ」


座って放心状態だったオレと違って、
ロージーは来てすぐに部屋の掃除を始めた。
確かに何日も片付けらしい片付けをしていないので
部屋は見るに耐えない姿になってはいたが・・・。
ロージーにさせるくらいなら、事前に片付けくらいしとくんだったな・・・と、
今更ながら後悔する。
自前のエプロンをつけて懸命に片付けする姿は微笑ましいのだが、
申し訳ない気持ちにはなる。



「ううん、大丈夫です。迷惑かけてるし、これくらいはしないと」

そう言って微笑うロージーに、ふと胸苦しくなる。


いつも思う。
なぜロージーのそばにいるのがムヒョなのだろうと。
あのわがままムヒョにはもったいないほど素直な性格。
どんな些細なことにも自身の最大を持って臨もうとする姿。
アイツのそばにいたって、
どんなに頑張ったところで優しい言葉などほとんどもらえないだろうに。


なぜムヒョなのだろう。
裁判官のオレをおいて、ムヒョはロージーを選んだ。
その理由は知らない。
けれどこうも考える。
ロージーもまたムヒョを選んだのかと。



幸せか、なんて訊いたらそれは愚かなことだろうか。
ロージーの笑顔を見ていれば、
そんなの分かりきった事実だとオレ自身分かっているはずなのに。
幸せかと。
オマエはムヒョのそばにいて本当にしあわせなのかと
時々無性に訊きたくてたまらなくなることがある。
そうしてオレは、ロージーにどんな答えを望んでいるというのか。
アイツが否定したなら、オレはいったいどうするつもりなのか。


丁寧に洗濯物をたたむロージーの姿をじっと見る。
楽しそうに鼻歌など歌いながら、
時々鳥の囀りに耳を澄ますように窓の外を見つめたりもするその姿。
遮光しないカーテンから薄く伸びる淡いヒカリを浴びて薄黄金に染まる横顔に、
まるで夢の中にいるような錯覚に襲われる。


ロージーがオレの部屋にいる。
もしかしたらそれすら夢かもしれない。
ロージーを求めるこの心がついに生み出した、幻かもしれない。



「ロージー」


知らず、呼んでしまう。
顔を上げて微笑むロージー。


手を伸ばせばすぐにふれられる場所に、ロージーがいる。
声をかければすぐに振り向いて笑ってくれるそんな場所に。


でもオレは、ふれられずにいる。

ふれたら、何もかも消えてしまうように思えて。

すべて壊れてしまうような気がして。


何て遠いんだろう。
簡単にふれられるというのに、
オマエの心だけが、どうしてここにないんだろう。



どうしてオマエの何一つとして、オレに向けられてはいない?




「ロージー」


オマエが。


「ロージー」


愛しくてたまらないんだ。


「ロージー」


オマエのその手でオレにふれて。


その声でオレの名を呼んで。


どうか。





遠くにいるアイツじゃなくて、オレを見て。




「ヨイチさん・・・?」




何度でも呼んで。


何度でも、何度でも、何度でも。



オレは何度だって応えるから。

オマエの呼び声を聞き逃したりなんてしないから。



「ヨイチさん・・・どうしたんですか?何だか・・・苦しそう」


「あぁ・・・なんでもないよ」




なんでもない。

なんでもない。

なんでもない。


そう言い聞かせて。

坂道を転げるようにオマエに堕ちていくこの心の、
加速をとめられるわけがないというのに。



この胸を焼く熱量は増す一方だと言うのに。





どうしてムヒョなんだ。

どうして。









出来の悪いラジオみたいに、頭にノイズがこだまする。
溶けずに積もるだけの雪のような想いが、心の器からそっとこぼれ落ちた。






ただほんの一瞬でもオマエが欲しい。


一度だけでもいい。
オマエの心に、オレの存在を刻ませて。









「よ・・・ヨイチさ・・・?」




気づくと、オレはロージーを組み伏せていた。
何が起きたか分からないという顔でオレを見つめる琥珀の眼差し。
ただならぬ気配を感じたのか、その瞳は微かに輪郭を震わせている。



肩を押さえた指先から、ロージーの体温を感じてたまらない気持ちになる。
洗濯物に混じって鼻腔をつくのは、ロージーの柔らかなにおい。
ふんわりとした石鹸の香り。
そんな微かなものさえも、オレの理性を激しく揺する。
その全てを奪ってしまえと、渇望し叫ぼうとする心がある。



「ヨイチさん・・・どうしたの・・・?」

震えている声。


理性の糸が、ゆっくりと切れていく。




オレは魔封じのペンを出すと、空中に文字を書き出した。
その文字は一瞬淡く光ってそれから戸惑うロージーのカラダに吸い込まれていった。
一瞬だけ抵抗するように首を振って、眠りに落ちるロージー。



「悪い、ロージー・・・」


呟く。
目の前には無防備に横たわるロージーのカラダ。



熱い。
ロージーにふれている指先も、強引に絡めた脚も、そのすべてが熱を持つ。
衝動に焼かれるように、オレはロージーの細い首すじに唇を寄せた。
舌を這わせて噛むように歯をあてて、愛しむように何度も口付けを落として。


ふと、顔をあげる。

伏せられた瞼をじっと見つめる。


「ロージー」

応える声はない。


「ロージー」

「ロージー」

「ロージー・・・」


その琥珀の瞳は伏せられたまま、
ただオレの声だけが空しく部屋に響いた。



石鹸の香り。

無性に叫びたいような衝動に駆られて、
薄く開いたロージーの唇を強引に奪う。
舌を挿しいれて、反応のない口内を一方的に蹂躙する。
乱暴にロージーの舌を犯して・・・ふいに離れる。


脳内に反響するように声が聞こえた。



ずっと望んでいたんだろ。

すっとコイツを欲しいと思ってただろ?

抱きしめたいと。

口付けたいと。





体内で燃え続けていた熱が、急に冷め消えていく。



「ロー・・・ジ・・・」






「違うだろ・・・」




こんなの、違う。


違う。違う。違う。



オレはこんなの望んじゃいない――――――。




琥珀の瞳。
弾む声。
笑みのかたちを刻む唇。

オレが愛するその全て。



「ロージー」





オマエが欲しい。

どんなことをしてでも。



でもそれ以上に、
オマエを傷つけたくないはずなのに。







ロージーの細い肩に額を押し付け、オレは叫んだ。















目を覚ましたロージーは、何も覚えてはいないようだった。

「あ・・・ごめんなさい・・・僕、寝ちゃったみたいで」
そう言って、笑いかけてくる。




窓から、紅が差し込む。


痛みの色が滲んでいく。





「・・・ヨイチさん?」


その紅で、オレの心の朱も消してくれないか。


どうか。

この想いを消せないというのなら、
せめてオレという存在の息の根を止めて。






「どうして泣いてるの・・・ヨイチさん・・・」














隙間。

心の片隅に空いた隙間に、片足をとられて前に進めない。




どうしてオレじゃないの?

その想いばかりが、ただココロを彷徨い、滲ませ続ける。





どうせなら。

どうせオマエがここにいないというのなら。



全部、壊れてしまえばいいのに。



この、叶わぬ想いと共に。
















■わわわ・・・なんだ、この暗さは・・・!
魔封じのペンの使用法についてはツッコまない方向でお願いします(笑・・・笑えない)

ヨイチはチャンスがあってもロジに手を出せなさそうな気がします・・・だってヘタれだから・・・!(痛)